2023年度第2回「穏健イスラーム」研究会 報告

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」                                       2023年度第2回研究会(「穏健イスラーム」研究会)

【日時】2023年11月12日(日)
【場所】オンライン

【報告1】佐々木拓雄「インドネシアのイスラームにおける宗教多元主義―カルティニからヌルホリス・マジッドまで」

宗教間調和が課題であるインドネシアのイスラームにおいては、超越的な神のもとでの宗教の多元性と平等性を唱える「宗教多元主義」が一つの思想的潮流として展開してきた。報告では、既発表の論文(佐々木拓雄「宗教間の調和のために−宗教多元主義を唱えるインドネシアのムスリム知識人」『久留米大学法学』80号、2019年)をもとにその展開をたどり、いくつかの考察を加えた。
インドネシアのイスラームにおける宗教多元主義は、その系譜をオランダ植民地時代のカルティニまで遡ることができ、スカルノによって建国の理念にも投影された。1960年代末以降、それが一部の「ムスリム知識人」によって継承されたことがさらに重要で、その代表的人物としてアフマド・ワヒブ、ジョハン・エフェンディ、グス・ドゥル、ヌルホリス・マジッドなどがいる。その知的営みの背景にスハルト政権による庇護が存在したことは否定できないが、彼らの思索そのものの深さゆえに宗教多元主義が生き長らえてきたという側面もあるだろう。
考察・検討の際に焦点となったのは、ヌルホリスによる「クルアーンに依拠した」宗教多元主義の唱導である。大胆な試みでありながら、それは、Thomas Bauer, A Culture of Ambiguity (New York: Columbia University Press, 2021)などが指摘するところの「テキスト(文字)に依拠して単一の答えを導きだそうとする」西欧近代由来の思考様式に準じてなされるものだともいえ、イスラームが元来備えていたという「曖昧さ(多元性)の文化」や宗教多元主義の可能性そのものを狭めるリスクを孕んでいる。一方で、Bauerらの近代イスラーム批判についての検証はまだ十分でなく、それは今後の課題となる。

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【報告2】赤堀雅幸「穏健イスラームとイスラーム穏健派の間:『イスラームの人類学』とフィールドワーク」

タラル・アサドの「言説伝統」の概念を受けて、現地調査に基づく民族誌的記述に言説伝統概念を活かす可能性について、エジプト西部砂漠のベドウィンの3人の人物を取り上げて論じた。近しい親族である3人が、公教育を受ける中で「正しいイスラーム」をめぐって異なる姿勢を取りつつ交流する様子や、1993年と2011年という時間の経過とともにイスラームへの姿勢も変化する様子に目配りをした。これを踏まえて、現実の言説伝統形成の場がきわめて流動的に形成されると同時に、イスラーム急進派のみではなく、イスラーム穏健派もまた一個の言説伝統を作り出す規律訓練的な権力作用としての側面をもち、それが参照する理念、あるいは現実としての「穏健イスラーム」とは何であるかについても検討すべきであることを提言した。さらに、イスラーム急進派に対する他律的な運動としての性格がイスラーム穏健派に見られ、結果として宗教的ナショナリズムなど、イスラームそのものの正しさとは異なる方向性がそのなかに胚胎されがちな点も指摘した。不十分な発表ではあったが、幸いに多くの質問やコメントが得られ、とくに「穏健」に変わり「中道」概念を用いるという可能性の議論は、二元的な枠組みを三元的に捉え直す意味も含めて重要と思われた。

 

2023年11月12日 2023年度第2回「穏健イスラーム」研究会を実施しました

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」(22H00034)による2023年度第2回研究会(「穏健イスラーム」研究会)をZoomによるオンライン形式で実施しました。
【日時】2023年11月12日(日)
【場所】オンライン
【プログラム】
赤堀雅幸「穏健イスラームとイスラーム穏健派の間:『イスラームの人類学』とフィールドワーク」
佐々木拓雄「インドネシアのイスラームにおける宗教多元主義―カルティニからヌルホリス・マジッドまで」
報告はこちら

2023年度第1回「穏健イスラーム」研究会 報告

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」の2023年度第1回研究会(「穏健イスラーム」研究会)
【日時】2023年6月11日(日曜日)15:00~17:30
【場所】上智大学四谷キャンパス 2号館6階2-603教室 [ハイブリッド実施]

【報告1】東長靖「インドネシア調査報告」

1.インドネシア班読書会
The Ministry of Religious Affairs Republic of Indonesia, Religious Moderation, Jakarta: Research, Development, Training, and Education Agency, The Ministry of Religious Affairs Republic of Indonesia, 2020, xii+155 ppおよびその原本であるインドネシア語版を、3回に分けて輪読した。
[参加者](五十音順)新井和広、岡本正明、久志本裕子、高尾賢一郎、東長靖

2.インドネシア現地調査
[参加者](五十音順)岡本正明・高尾賢一郎・東長靖(現地からOman Fathurahman)
[期間]1/28-2/5(参加者によって前後あり):共同調査期間は2/3-2/4
[訪問先]ジャカルタ首都特別州
[主要日程]
1/30 Masjid Lautze(老子モスク。中国系のモスク。イマームに聞き取り調査)
1/31 Iik Mansur Noor氏(UIN[Universitas Islam Negeri、国立イスラーム大学]教授)訪問
2/01 Oman Fathurahman氏(UIN教授)訪問
2/02 UNUSIA(Universitas Nahdlatul Ulama Indonesia、インドネシア・ナフダトゥルウラマ大学、1999年創設)訪問(Dr. Fariz Alnizarと面談。教育研究について聞き取り)
2/03 UIN訪問(Conveyプログラム責任者 Ismat Ropi氏に聞き取り調査ののち、Oman Fathurahman氏からModerasi Beragamaについての概要の説明を受けて質疑応答)+プサントレン・アル=ハーミディーヤ(オマン氏が校長)に招かれ生徒たちと交流
2/04 前宗教大臣Lukman Hakim氏らから聞き取り調査
2/06 元ムハンマディア総裁のSyafii Maarifの思想に影響を受けたNPOを往訪、同団体が取り組んでいる若者を対象とした「脱過激化(deradicalization)」トレーニングや、インドネシア国内のキリスト教、仏教、儒教団体との交流の内容につき聴取

3.インドネシア副大統領京都大学来学
現副大統領のMaruf Amin氏が2023年3月8日に来学し、宗教間対話と穏健イスラームに関する講演を行った。本研究分担者の岡本正明が全体の司会を務め、研究代表者の東長靖はコメンテータを務めた。

なお、上記活動の概要については、平和中島財団「アジア地域重点学術研究助成」のウェブページに報告書を掲載している。

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【報告2】和崎聖日「現代ウズベキスタン・イスラームの本流:ムハンマド=サーディク・ムハンマド=ユースフの思想」

本報告は、拙稿(2021)「ムハンマド=サーディク・ムハンマド=ユースフの軌跡:ウズベキスタン・イスラームにおける非党派主義と中道主義の萌芽過程」(『アジア・アフリカ言語文化研究』(Journal of Asian and African Studies)102, 33-62)に基づき、その一部を紹介した。具体的には、ソ連解体後の中央アジアで最も傑出したイスラーム学者と数えられるウズベキスタン東部・アンディジャン出身の上述のムハンマド=サーディク・ムハンマド=ユースフ(Muhammad Sodiq Muhammad Yusuf, 1952-2015)を取り上げた。彼の出自は、クルアーンと預言者ムハンマドのスンナの遵守を特徴とすることで一般に知られるナクシュバンディー・ムジャッディディーヤの導師に連なると言われる。ムハンマド=サーディクは、弱冠 37 歳にして中央アジア・カザフスタン・ムスリム宗務局の第 4 代ムフティー(muftī: 宗務局長)(在任期間 1989-1991)、ならびにソヴィエト連邦最高会議の人民代議員に選出された経歴をもつ。また、ソ連共産党第一書記であったミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev, 1931-)(在任期間 1985-1991)の個人通訳を務めたことでも知られる。加えて、1991 年にはウズベキスタン・ムスリム宗務局の初代ムフティー(在任期間 1991-1993)にも選出された。彼の思想の支持者の広がりは、カザフスタンやタジキスタンなどの中央アジア諸国、そしてロシアにまでおよぶ。彼の思想に認められる特徴は、スンナ派イスラームの知と団結力を衰退させるイスラームの政治運動と党派化の拒否、ならびに中道主義(wasaṭīya: 中庸思想)の 2 点にあると考えられる。本報告は、これらのうち後者に焦点を当てるものであった。そのうえで、ムハンマド=サーディクの家族文化と活動の軌跡の一部、説教の内容を主に考察することにより、第 1 に彼の思想を上記のように特徴づけることの妥当性を検証し、それが社会主義圏でのイスラーム学者らとの交流を契機に強化されたことを明らかにした。第 2に、彼の思想を現代イスラーム世界の知的権威たちの思想潮流に位置づけることを試みた。本報告での結論の一部をここに記せば、ハナフィー革新派の学者にして穏健なイスラーム主義者であったムハンマド=サーディクの思想が現代イスラーム世界の知的権威たちの中で、カラダーウィーなど、ムスリム同胞団の穏健派の系譜に位置づけられる可能性が高い、もしくはこの系譜と親和性が高いことを明らかにした。この思想潮流こそが、体制と民衆の双方の側から絶大な信頼と支持を受けている現代ウズベキスタンのイスラーム潮流の本流だと考えられた。

2023年2月15日 第4回「穏健イスラーム」研究会 報告

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」と平和中島財団アジア地域重点学術研究助成「イスラーム主義に対抗する穏健イスラームの試み――インドネシアの「宗教的穏健化」政策を中心に」の第4回ジョイント研究会(「穏健イスラーム」研究会)
日時:2月15日(水)16~18時
場所:上智大学2号館6階(2-615a教室)[ ハイブリッド実施 ]

【報告1】井上あえか「マイノリティとしての指導者ジンナー」

ムハンマド・アリー・ジンナーはパキスタン建国の父と言われるが、さまざまな点で、インドにおけるマイノリティであった。例えば、ムスリムであったこと、シーア派であったこと(ホージャー派から12イマーム派へ改宗)、パールシーと結婚したこと、イスラームに関心が薄かったこと、ムスリム多数派州で支持されていなかったこと、当時のカリスマ的指導者ガーンディーと対立したことなどである。彼はムスリムが少数派とならず、安心して生きられる社会を求め、いわば非宗教的(政教分離的)な政治家として、ムスリムの利益を代表した。とくに、シーア派というムスリムの中のマイノリティであったことが問題にされず、建国の父となったことは、インド・ムスリムの多様性と、穏健なイスラームの伝統を示唆する可能性があるのではないか。

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【報告2】山根聡「19世紀後半のウルドゥー語資料に見る文学空間と宗教-牝牛保護運動のマスナヴィー」

本報告では、南アジア、特に北インドで19世紀後半になって顕在化したヒンドゥーとムスリムの対立に関し、1880年代初めに刊行されたウルドゥー語の冊子『牝牛の嘆き』を取り上げて、先行研究で言及されてきた宗教間対立の動きに対し、対立の回避を企図する動きがあったことを報告した。
この雑誌はヒンドゥー教の改革団体「アーリヤ・サマージ」系のものでラーホールから刊行されたものである。ウルドゥー語で書かれており、ムスリムが必要以上に牝牛を屠殺する事を止めるように求める内容の記事や詩が収載されている。ヒンドゥー側がムスリムに呼びかけるような調子の記述が多く、中にはムスリムも登場してきてヒンドゥーに同調するような発言をしている。
従来の研究では、19世紀末の牝牛保護運動によってヒンドゥーとムスリムの断絶が深刻化したと語られてきたが、このように平和理に対立を避けようとした動きがあったことは、当時の資料の発掘と、再検討を要することを指摘した。

 

2023年3月29日 第5回「穏健イスラーム」研究会を実施しました

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」と平和中島財団アジア地域重点学術研究助成「イスラーム主義に対抗する穏健イスラームの試み――インドネシアの「宗教的穏健化」政策を中心に」の第5回ジョイント研究会(「穏健イスラーム」研究会)をオンラインで実施しました。
日時:3月29日(水)14時~17時
場所:オンライン                                             プログラム:                                        久志本裕子「「過激」な穏健?―マレーシアにおける「穏健」派の微妙な位置」

2023年2月18-19日 スーフィズム・聖者信仰研究会合宿を実施しました

2022年度スーフィズム聖者信仰研究会合宿を以下の通り実施しました。

【日時】2月18(土)-19日 (日)

【場所】東洋大学 熱海研修センター [ハイブリッド実施]

【プログラム】
2 月 18 日: 13:30–20:00                              (13:30–14:00) 挨拶・自己紹介                                                                             (14:00–16:00) 末野孝典(京都大学)「イブン・アラビーの言説的伝統を読み解  く―イスラーム世界の西の視点から」
(16:00–17:30) 山口匠(東洋大学)読書会(対象図書 タラル・アサド『イスラー  ムの人類学について考える』赤堀雅幸監訳、近藤文哉訳・解題、SIAS Working Paper Series 40、上智大学イスラーム研究センター、2022 年)
(19:00–20:00) 赤堀雅幸(上智大学)フィリピン調査報告

2 月 19 日: 09:00–11:30
(09:00–11:00) 藤本あずさ(京都大学)「現代トルコにおける癒しのセラピー-          スピリチュアリズムとスーフィズム-」
(11:00–11:30) 東長靖(京都大学)セネガル調査報告

運営:  赤堀雅幸(上智大学)、東長靖 (京都大学) 、 近藤文哉 (上智大学)、 鈴木麻菜美(京都大学)                                                                                                         共催: イスラーム研究センター(KIAS、京都大学)、 イスラーム地域研究所(SIAS、上智大学  )、ケナン・リファーイー・スーフィズム研究センター(KR、京都大学)                                       「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例か ら」(日本学術振興会「基盤研究(A) 」、課題番号:22H00034)                              「イスラームおよびキリスト教の聖者・聖遺物崇敬の人類学的研究」(日本学術振興会 「基盤研究(A) 」、課題番号:19H00564)                                        「現代イスラームにおける公共性再構築をめぐる動態の研究」(日本私立学校振興・共済 事業団学術研究振興資金)

2022年度第2回SIAS/KIAS-CNRSジョイントセミナーを開催しました

京都大学ケナン・リファーイー・スーフィズム研究センターは京都大学イスラーム地域研究センター(KIAS)、上智大学イスラーム地域研究所(SIAS)、フランス国立科学研究センター(CNRS)との共催によるジョイントセミナーを、以下の通り開催しました。

【日時】2月17(金)-18日 (土)                                                                      【場所】東洋大学 熱海研修センター [ハイブリッド実施]

【プログラム】                                                                                            February 17: 13:00–16:15
(13:00–13:30)Opening Remarks

(13:30–14:00) Alexandre PAPAS (CNRS-CETOBaC) “Human Figuration and Contemplation in Islam: The Devotional Portraits of the Sufis”

(14:00–15:00) WAZAKI Seika (Chubu University) (Video Presentation) “Séance and Islam: The Eurasian Legacy as Transmitted by the Bakhshi”

(15:00–15:15 Break) (15:15–15:45) Samuel VARLEY (EPHE-GSRL / EHESS-CETOBaC) (Online Presentation) “Ethics in the Narratives of Khidr-Seekers in Contemporary Turkey”

(15:45–16:15) SUZUKI Manami (Kenan Rifai Center for Sufi Studies, Kyoto University) “The Structure of Music for Islamic Ritual in Turkey: Focused on Repetitive Singing and Call-And-Response”

February 18: 09:00–11:00                                                                             (09:00–09:30) Clara GAUTIER (Paris 1-UMR8167-CETOBaC) “The Figure of the Zâhid in His Cave: Defining the Representation of Khalwa in Persian and Turkish Manuscripts from the Xvth to the Xviith Century”

(09:30–10:00) Ghada Said (The University of Tokyo) (Online Presentation) “The Point under the Ba and the Point above the Noon”

(10:00–10:30) Thierry ZARCONE (CNRS-GSRL) “Second Karbala and Second Najaf from Iran and Central Asia to India: About Alternative Shi’ite Pilgrimages”

(10:30–11:00) Discussion, Closing Remarks

Sponsoring Institutes and Research Projects:
CNRS (Centre national de la recherche scientifique)
KIAS (Center for Islamic Area Studies, Graduate School of Asian and African Studies)
SIAS (Institute of Islamic Ares Studies, Sophia University)                              Kenan Rifai Center for Sufi Studies, Kyoto University                                Research on Moderate Islam in the Non-Arab World: From the Cases of Indonesia, Pakistan and Turkey (Grant-in-Aid for Scientific Research (A), JSPS)
Anthropological Studies on Veneration of Saints and Holy Relics in Islam and Christianity (Grant-in-Aid for Scientific Research (A), JSPS)
Research on the Dynamics of the Reconstruction of Publicness in Contemporary Islam (Academic Research Promotion Fund by the Promotion and Mutual Aid Corporation for Private Schools of Japan)          

 

 

2023年2月15日 第4回「穏健イスラーム」研究会を実施しました

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」と平和中島財団アジア地域重点学術研究助成「イスラーム主義に対抗する穏健イスラームの試み――インドネシアの「宗教的穏健化」政策を中心に」の第4回ジョイント研究会(「穏健イスラーム」研究会)を対面とZoomのハイブリッド形式で実施しました。
日時:2月15日(水)16~18時
場所:上智大学2号館6階(2-615a教室)【ハイブリッド実施】                           プログラム:
井上あえか「マイノリティとしての指導者ジンナー」                山根聡「19世紀後半のウルドゥー語資料に見る文学空間と宗教-牝牛保護運動のマスナヴィー」

 報告はこちら

2022年11月6日 第3回「穏健イスラーム」研究会を実施しました

科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」と平和中島財団アジア地域重点学術研究助成「イスラーム主義に対抗する穏健イスラームの試み――インドネシアの「宗教的穏健化」政策を中心に」の第3回ジョイント研究会(「穏健イスラーム」研究会)を対面とZoomのハイブリッド形式で実施しました。

日時:11月6日(日)14~18時
場所:上智大学(2-615a教室)【ハイブリッド実施】                           プログラム:
高尾 賢一郎「アラブ圏における「穏健イスラーム」をめぐる言説と取り組み」     
池端 蕗子「現代ヨルダンの公的な「穏健イスラーム」発信と政治的正統性」

 

 

ジョイント研究会「インドネシアの穏健イスラーム」報告

ジョイント研究会「インドネシアの穏健イスラーム」
(基盤A(JSPS22H00034) 、平和中島財団アジア地域重点学術研究助成)
【日時】2022年6月18日(土曜日)16:00~18:00
【場所】京都大学研究第2号館4階AA447(会議室)(Zoomハイブリッド)

【報告1】

モデラシ・ブルアーガマ―何? なぜ? どうやって?
オマン・ファトフラフマン

 Moderasi Beragama、あるいは宗教的穏健化とは、宗教と国家の関係に関する現在のインドネシア政府の政策の一つである。多文化であるインドネシアの人々の間で、調和と平和、そして寛容な宗教生活を築くための取り組みを検討するものである。この考えは宗教大臣ルクマン・ハキム・サイフディン(在職2014-2019年)によって推進・概念化され、ジョコウィの「国家中期開発計画(Rencana Pembangunan Jangka Menengah/RPJMN) 2020-2024 」の一部として採用されている。
 モデラシ・ブルアーガマは「国民的合意としての公正、均衡および憲法の遵守の原則に基づき、人間性を保護し、公共の利益を構築するという宗教の教えの本質を適用することを強調した、社会生活における宗教的視点、態度および実践」と公式に説明されている。
 モデラシ・ブルアーガマをよりよく理解するためには、インドネシアが多文化・多宗教の人々の国であることを知っておくべきである。インドネシアは非神政国家であるにもかわらず、インドネシアにおけるすべての事柄は宗教から切り離すことはできない。インドネシアにおける宗教と国家の関係は、相互主義の共生関係である。国家と宗教はお互いを必要としている。国家は、宗教的価値観を基礎に国家を運営するために、宗教を必要としている。一方宗教もまた、宗教的価値観の適用には国家からの保護と促進が不可欠であるがゆえに、国家を必要としている。
 インドネシアにおける宗教的自由はまた憲法/法律によって保護されている。それぞれの国民の力が最もよく試されるのは、信心深くいることの一方でナショナリストでいること、双方の権利の間でどのようにバランスを保つかということである。
 現在モデラシ・ブルアーガマは、インドネシアの人々の宗教的献身と国家的献身の間のバランスをとるための解決策と見なされている。モデラシ・ブルアーガマの視点において、宗教を実践することはよき市民になることを意味し、ナショナリストであることは信心深くいることを意味する。このことは、パンチャシラが宗教的教えに反していたという理解を何者かが明示的に誘発することは許されないということを示している。
 悲しいことに、国旗である紅白旗(メラ・プティフ)に敬意を払うことは多神教(シルク)であり、国歌であるインドネシア・ラヤを歌うことは禁じられている(ハラームである)と挑発する特定の限られたグループが存在する。このような理解や他の様々な類似のイデオロギーは、明らかに国家の柱に反しており、インドネシアの基本的な土台を損なっている。このような過剰で極端な宗教的思考や態度は、インドネシアにおける国民性と宗教性を同期する上で深刻な課題となっている。
 モデラシ・ブルアーガマの使命についていくつかの誤解がある。一部の人々は、モデラシ・ブルアーガマが、宗教信奉者、特にムスリムを混乱させ、誤解させ、さらには宗教の支持者を改宗させるための思想の侵略(ghazw al-fikr)の一環であると誤って考えている。また、モデラシ・ブルアーガマを、人々を彼らの宗教との関係から離れさせ、人々を宗教から排除し、イスラムの兄弟愛を断ち切り、あるいは過激派とだけ戦うための政府のプログラムだと誤解している人もいる。
 したがって、モデラシ・ブルアーガマは特定の宗教だけを扱うものではないと強調しておくことは重要である。なぜなら、過激主義はどのような宗教的伝統の中にも見出しうるからである。また、モデラシ・ブルアーガマは異なる宗教の教えを統合するものではなく、むしろ宗教的多様性を理解し、異なる宗教的解釈を尊重するためのものである。宗教そのものに穏健化は必要ない。なぜなら、穏健化されるべきなのは、人々を過激主義から守るために、彼らの宗教実践の仕方だからである。最後になるが重要なものとして強調したいのは、モデラシ・ブルアーガマは改革主義の反意語ではない、ということである。すなわち、「穏健」の反意語は「改革」ではなく、「過激」(tatharruf)なのである。つまり、モデラシ・ブルアーガマの主な考え方は、「極左」(超リベラル)であれ「極右」(超保守)であれ、どんな側面や形態の過激主義であれ、宗教的過激主義に対抗することなのである。

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【報告2】

“Islam Nusantara: To Be Political or to Be Critical? ”
岡本正明

本発表では、インドネシアの二大イスラーム社会組織、ナフダトゥール・ウラマー(NU)とムハマディアが2010年代なかばに提唱し始めたヌサンタラ・イスラーム(Islam Nusantara)と進歩的なイスラーム(Islam Berkemajuan)というタームに着目した。こうしたタームが生まれてきた背景とそれぞれの定義を示した後、それぞれのタームを含むツイートがどのぐらいあるのかを時系列的に明らかにした。ヌサンタラ・イスラームについては、ツイートの地理的ちらばりも明らかにした。
また、NUが設立した大学におけるヌサンタラ・イスラーム関連の大学院プログラムの修士論文の要旨分析から、そのプログラムが生み出す論文の特徴を明らかにした。 
こうした分析から明らかになったのは、ヌサンタラ・イスラームという単語を含むツイートが進歩的なイスラームという単語を含むツイートよりも圧倒的に多いこと、それでも、2015年に比べれば減少傾向が顕著なことである。また、ヌサンタラ・イスラーム大学院プログラムからは、現地文化と調和的に浸透するイスラームという視点が強調されすぎて、イスラームと現地文化のアクター間の対立や妥協といったプロセスが不可視化されていること、政府が推奨するヌサンタラ・イスラーム関連プロジェクトなどに批判的な観点が欠如していることが明らかになった。