科研費基盤研究(A)「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」(22H00034)による 2025年度第1回研究会(「穏健イスラーム」研究会)を以下のとおり実施しました。
【日時】5月11日(土)13:00-17:20
【場所】上智大学総合グローバル学部小会議室(2号館6階2-615a)
【プログラム】
趣旨説明・自己紹介
高尾賢一郎「サウジアラビアにおける「穏健イスラーム」言説の展開とその射程」
菅原由美「ナフダトゥル・ウラマの模索する「寛容」−敵と戦略」
東長靖「インドネシア滞在中調査報告」
2024年度第2回「穏健イスラーム」研究会 報告
科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」 2024年度第2回研究会(「穏健イスラーム」研究会)
【日時】2024年 8月8日(木曜日)13:00~17:00京大
【場所】京都大学吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階 AA447(会議室)
【報告1】鎌田繁「クルアーンと穏健の思索」
イスラームにおける思想や実践はその根拠を神の言葉、クルアーンに置くことをねらう。穏健なものであれ、過激なものであれ、イスラーム的正当性を獲得するためにはクルアーンの探求は不可欠である。テクストの文字通りの意味だけでなく、場合によってはそのテクストを無効にするような解釈技法を通してクルアーンからメッセージを引き出そうとする。現在の「穏健な」イスラームと(それと対比される「過激な」イスラーム)はムスリムが現在置かれた社会的、政治的、文化的状況のなかで生まれているものであり、近年のクルアーン注釈(タフシール)には註釈者の立場とともにそのような背景が看取されるのではないかと思う。古典的な註釈と近年の註釈を対比することによって現代のさまざまな思索のあり方が見えてくると考えられる。
【報告2】黒田彩加「現代アラブにおける宗教復興と「中道的イスラーム(ワサティーヤ)」のポリティクス」 本報告では、現代イスラーム思想で用いられる語である「中道的イスラーム(ワサティーヤ; al-wasaṭiyya)という用語の起源や使用法に関する考察を行った。現代アラブ・イスラーム思想においては、イスラームにおける「穏健」の文脈で「中道的イスラーム(ワサティーヤ)」というスローガンが頻繁に用いられるようになっており、ここから着想を得て、中道派という分析概念が日本でも用いられてきた。
先行研究によれば、アラビア語のワサティーヤは、20世期半ばにアズハルのウラマーが用い始めた語とされるが、その意味するところについては、時代とともに変化が見られる。1970年代以降の宗教復興期においては、ムスリム同胞団との関わりも深かったウラマーのユースフ・カラダーウィーがこの語を用いて、中道的イスラーム(ワサティーヤ)という語がひろく知られるようになった。さらにエジプトでは、イスラームと近代性の両立を目指す在野の知識人たちが、必ずしも中道的イスラームという語を著作の中で用いてはこなかったものの、穏健・改革志向の言論活動を重ねてきた。エジプトやアラブにおいて、2010年代半ば以降、中道的イスラームを提唱するアクターの関係性に変化が生じていることも、本発表で部分的に論じた。
発表後の質疑応答では、各国で「中道派」とされる知識人たちのバックグラウンドの相違、アズハルとモダニストの知識人たちの緊張関係、アラブと非アラブの中道派の論点の相違などに関する議論が行われた。
2024年9月21日 2024年度第3回「穏健イスラーム」研究会を実施しました
2024年8月31日 パキスタン・パンジャーブ大学でのセミナーの様子がパキスタンの新聞に掲載されました
当センター長・東長靖、山根聡先生(大阪大学)、井上あえか先生(岡山就実大学)が発表を行ったセミナーの様子がパキスタンの日刊紙Nawa-i Waqt(時の声)に掲載されました。本セミナーは、科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」(22H00034)の一環として開催したものです。
記事翻訳
「パンジャーブ大学、日本の3大学合同による国際会議」
「会議の締めくくりにムハンマド・カームラーン博士:ウルドゥー文学の観点から議題に関する言及」
(本文)
「ラーホール(特派員) パンジャーブ大学のウルドゥー言語・文学研究所と日本の3大学、京都大学、大阪大学、岡山就実大学の合同による国際会議「社会と中道派:21世紀において」が過日開催された。会議の主賓はサリーム・マズハル国立国語普及研究所長で、海外からは大阪大学の山根聡博士とマルグーブ・フサイン・ターヒル博士、京都大学から東長靖博士、岡山就実大学の井上あえか教授が参加した。会議の席ではジャミール・ジャーリビー記念研究所長のズィヤーウル・ハサンが会議に対する謝辞を述べ、会議の終わりには、オリエンタル・カレッジの校長ムハンマド・カームラーンがウルドゥー文学の見地から議論に関する談話を行った。日本の教授には記念の楯と伝統的なショールが送られた。
2024年8月8日 2024年度第2回「穏健イスラーム」研究会を実施しました
科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」(22H00034)による 2024年度第2回研究会(「穏健イスラーム」研究会)実施しました。今回は「穏健・中道派についての講演会」として鎌田繁先生、黒田彩加先生を招へいし、ご講演をいただきました。
【日時】2024年8月8日(木曜日)13:00~17:00 (ハイブリッド)
【場所】京都大学吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階 AA447(会議室)
【プログラム】
黒田彩加「現代アラブ・イスラーム思想における『ワサティーヤ』概念」」
鎌田繁「クルアーンと穏健の思索」
2024年度第1回「穏健イスラーム」研究会 報告
【日時】2024年5月25日(日曜日)13:00~17:00
【場所】京都大学吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階 AA415(第1講義室)
本報告は、穏健なスーフィー教団の影響が強いセネガルのイスラームにサラフィー思想の影響が及んでいるという言説を、イスラーム教育の事例を通じて検証するという問題意識に基づくものである。セネガル政府が策定した学校教科書はスーフィー教団の存在と矛盾しない寛容なイスラームを推進し、サラフィー的な志向のムスリムにも受け入れられる内容であるのに対し、報告者が調査したサラフィー団体の系列学校では一部ではアフリカ的なスーフィズムの慣習を否定する教育を行っている、しかし、後者においても生徒の中には教団に所属する者も少なくなく、インタビュー調査からはさほど矛盾なく共存している様子がうかがえる。また、サラフィーまたはスーフィーと位置付けられるムスリムのインフォーマントの語りは、教団に属するムスリムと属さないムスリムの境界は実際には絶対的なものではなく、その区別は必ずしも重要視されていないことを示唆している。セネガルのイスラームは従来多数派のスーフィーと穏健派のサラフィーという二分法的にとらえられてきたが、「穏健で寛容なセネガルのイスラーム」という意識はサラフィーも含め多くのムスリムにとって受け入れられるものであると推測され、こうした前提からセネガルのイスラーム像を再構築することは有用であると考えられる。
2024年5月25日 2024年度第1回「穏健イスラーム」研究会を実施しました
科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」(22H00034)による2024年度第1回研究会(「穏健イスラーム」研究会)を実施しました。
【日時】2024年5月25日(日曜日)13:00~17:00
【場所】京都大学吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階 AA401(第1講義室)
【プログラム】 1.パキスタン調査打合せ
2.穏健イスラーム概念の再検討
3.研究発表:内山智絵さん(上智大学)「サラフィーとスーフィーの二分法に基づかないセネガルの『イスラームの領域』を再構築する:イスラーム教育の事例から」
2023年度第3回「穏健イスラーム」研究会 報告
【日時】2024年2月4日(日曜日)13:00~17:00
【場所】京都大学吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階 AA415(第1講義室)
2024年2月4日 2023年度第3回「穏健イスラーム」研究会を実施しました
科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」(22H00034)による2023年度第3回研究会(「穏健イスラーム」研究会)を実施しました。
【日時】2024年2月4日(日曜日)13:00~17:00
【場所】京都大学吉田キャンパス本部構内 総合研究2号館4階 AA401(第1講義室)
【プログラム】
新井和広「インドネシアの穏健イスラームに対するハドラミー・アラブの影響:ウマル・ビン・ハフィーズの活動と思想から」
三沢伸生「トルコにおける「ウルムル・イスラーム( ılımlı İslam )」の検討」 東長靖「2023年8月トルコ調査報告」
2023年度第2回「穏健イスラーム」研究会 報告
科研基盤A「非アラブにおける穏健イスラームの研究-インドネシア・パキスタン・トルコの事例から」 2023年度第2回研究会(「穏健イスラーム」研究会)
【日時】2023年11月12日(日)
【場所】オンライン
【報告1】佐々木拓雄「インドネシアのイスラームにおける宗教多元主義―カルティニからヌルホリス・マジッドまで」
宗教間調和が課題であるインドネシアのイスラームにおいては、超越的な神のもとでの宗教の多元性と平等性を唱える「宗教多元主義」が一つの思想的潮流として展開してきた。報告では、既発表の論文(佐々木拓雄「宗教間の調和のために−宗教多元主義を唱えるインドネシアのムスリム知識人」『久留米大学法学』80号、2019年)をもとにその展開をたどり、いくつかの考察を加えた。
インドネシアのイスラームにおける宗教多元主義は、その系譜をオランダ植民地時代のカルティニまで遡ることができ、スカルノによって建国の理念にも投影された。1960年代末以降、それが一部の「ムスリム知識人」によって継承されたことがさらに重要で、その代表的人物としてアフマド・ワヒブ、ジョハン・エフェンディ、グス・ドゥル、ヌルホリス・マジッドなどがいる。その知的営みの背景にスハルト政権による庇護が存在したことは否定できないが、彼らの思索そのものの深さゆえに宗教多元主義が生き長らえてきたという側面もあるだろう。
考察・検討の際に焦点となったのは、ヌルホリスによる「クルアーンに依拠した」宗教多元主義の唱導である。大胆な試みでありながら、それは、Thomas Bauer, A Culture of Ambiguity (New York: Columbia University Press, 2021)などが指摘するところの「テキスト(文字)に依拠して単一の答えを導きだそうとする」西欧近代由来の思考様式に準じてなされるものだともいえ、イスラームが元来備えていたという「曖昧さ(多元性)の文化」や宗教多元主義の可能性そのものを狭めるリスクを孕んでいる。一方で、Bauerらの近代イスラーム批判についての検証はまだ十分でなく、それは今後の課題となる。
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【報告2】赤堀雅幸「穏健イスラームとイスラーム穏健派の間:『イスラームの人類学』とフィールドワーク」
タラル・アサドの「言説伝統」の概念を受けて、現地調査に基づく民族誌的記述に言説伝統概念を活かす可能性について、エジプト西部砂漠のベドウィンの3人の人物を取り上げて論じた。近しい親族である3人が、公教育を受ける中で「正しいイスラーム」をめぐって異なる姿勢を取りつつ交流する様子や、1993年と2011年という時間の経過とともにイスラームへの姿勢も変化する様子に目配りをした。これを踏まえて、現実の言説伝統形成の場がきわめて流動的に形成されると同時に、イスラーム急進派のみではなく、イスラーム穏健派もまた一個の言説伝統を作り出す規律訓練的な権力作用としての側面をもち、それが参照する理念、あるいは現実としての「穏健イスラーム」とは何であるかについても検討すべきであることを提言した。さらに、イスラーム急進派に対する他律的な運動としての性格がイスラーム穏健派に見られ、結果として宗教的ナショナリズムなど、イスラームそのものの正しさとは異なる方向性がそのなかに胚胎されがちな点も指摘した。不十分な発表ではあったが、幸いに多くの質問やコメントが得られ、とくに「穏健」に変わり「中道」概念を用いるという可能性の議論は、二元的な枠組みを三元的に捉え直す意味も含めて重要と思われた。