鹿島学術振興財団「イスラームの宗教施設と都市空間との融合:モスクに集うムスリムたちの日本社会との共生」第1回研究会報告

2022年度に採択された標記研究会が、本センターと連携して実施された。
日時:8月2日(火)午後4~6時半
場所:京都大学総合研究2号館4階会議室(AA447)およびZoomのハイフレックス

参加者各自の自己紹介の後、各自の発表が行われた。今回は第1回なので、3名がそれぞれの問題意識に基づいてどのようなことを問題にしうるのか、具体的には何を調べるとよいと考えるのか、といったことを中心に発表を行った。

第一話題提供者の東長は、「現地社会と融合するイスラーム-日本型イスラームもあるのか?」と題して発表した。本共同研究の趣旨を説明した後、東長が近年携わっている共同研究をA. 多文化共生、B. 穏健イスラーム、C. スーフィズム理解の3つのトピックに分けて紹介し、これらとの関連で本研究に取り組みたいと述べた。そのうえで、「正しいイスラーム」≒「アラブ的イスラーム」対「堕落したイスラーム」≒「現地化した周縁イスラーム」といった従来の見方に対して、インドネシア・パキスタン・トルコなどでは、各国の文化伝統に基づいた穏健イスラームの主張が見られ、その多くはイスラーム法と同時に、スーフィズムや聖者信仰と結びついていることを述べた。ここでは、「現地化」は「堕落」ではなく、むしろプラスの価値を帯びている。そのうえで、インドネシア型イスラームがあるなら「日本型イスラーム」もありうるのかという問題を提起し、過去に実際にあった有賀文八郎の「日本イスラム教」や、安部治夫の「大乗イスラム」について簡単に紹介した。これらは、戒律(イスラーム法)に縛られないイスラームを主張していた。しかし現在においては、このような主張はほぼ見られず、またスーフィズムに基づくイスラーム理解も見当たらないことを指摘した。

次の話題提供者の岡井宏文は、「日本のマスジドの機能とデザイン:デザインを巡る言説から『宗教組織内・外〈多文化共生〉』を考える」と題した報告を行った。個々人が考える日本のモスクの「望ましいデザイン」を巡る言説を取り上げ、モスクのデザインを巡って何が観察可能かを検討した。日本における「イスラームの宗教施設と都市空間の融合」に関して、一意の日本らしいあり方を措定せず、地域のムスリムの実践から多様な「望ましさ」とその関連要因を拾い上げるアプローチの可能性を探ることを目指した。まず、移民社会のモスクの機能について参照し、機能の一部が周辺社会との関係性の中で生起していること、デザインも機能の一部と捉えられる可能性を示した。その上で、分析枠組みとして、「宗教組織内〈多文化共生〉」「宗教組織外〈多文化共生〉」(高橋典史2015)を援用しつつ、マスジドのデザイン決定プロセス、および次世代ムスリムのモスク観について行った予備調査について簡単な分析を行った。
その結果、外国文化の強調や礼拝に訪れる人々のルーツの文化の取り入れ、日本の風土や文化との融合といった多様な「望ましいデザイン」が存在することが明らかとなった。モスクのデザイン決定や、個々人の「望ましいデザイン」を巡っては、個々人の属性(例:一世、次世代、男性/女性、ルーツ、組織内のマジョリティ/マイノリティなど)、人生経路などが深く関わっていることが示唆された。こうした要素は、当事者間の交渉・緊張・排除・合意等を生み出してもいた。また語りからは、モスクのデザイン決定や、個々人の考える「望ましいデザイン」は、モスクを地域社会の中でどのような存在として位置づけるのかや、モスクに対して周辺社会がもつイメージ、周辺社会がモスクのデザインに関して求める事柄など、外部との関係のなかで生起する要素にも影響をうけていることが示唆された。以上をうけて、個々人/集団が考える望ましいモスクのデザインを巡る議論を通じて、日本や地域におけるイスラームの定着過程の一端を捉えられるのではないかという点を指摘した。

最後に総合討論が行われ、思想レベルと実態レベルのいずれにより重点を置いて研究を進めるか、イスラームの地域性を普遍性との対比でどのように考えるべきか、「日本的」という概念が何を指すか、などが議論された。

参考文献
高橋典史,2015,「現代日本の「多文化共生」と宗教―今後に向けた研究動向の検討―」『東洋大学社会学部紀要』,52(2): 73-85.